●教会へ一度も足を踏み入れたことのない方、教会がどんなところなのか不安に思う
  方もぜひ一度、金城教会へおこしください。牧師、副牧師、伝道師、教会員ともども
  お待ちしています。キリスト教会が信じている神様、イエス・キリストは教会へ
  皆さんお一人お一人を招いているのです。

                            信徒の証し   

「出会い」
                                                                       中本 善勝(金城教会員)


証し、1

  私は大型トラックの運転手をしていました。365日休みなく、ほとんど変わらない時間に高速道路を走っていました。夕方の5時過ぎか
 ら荷物を積んで営業所を回り、やっと朝方3時ごろに出発し、そして、広島から一宮まで約4時間から5時間で着く生活でした。
  私は今まで、本当に悪いことばかりして、好きなように歩んできました。悪いことをした、とその時だけ反省をするのですが、次の日には
 忘れてしまう日々を過ごしていました。そして何人もの人を傷つけ、どれだけ迷惑をかけたかわかりません。特に大分の父と広島の妻や
 家族にです・・・いつも、今度こそ本当にがんばって幸せになるんだと心に言い聞かせながら働きました。
  毎週家に帰れず、名古屋の方で泊まり、あちこちの家の灯りを見ながら「今ごろ家族で食事をしているかな?それとも皆でフロに入って
 いるかな?」と寂しさを感じました。思い通りにならないもどかしさに、このトラックと共に今ハンドルを右いっぱいに切れば楽になる、そして
 寂しいこともなくなる、そんなことばかり毎日考えて生きていました。そんな時、以前人づてに聞いたキリスト教のラジオ放送のことが頭に
 浮かび、夜9時半から聴くことにしました。今この時に教会に行かなければ、二度と教会へ行くことはないと感じ、ずいぶんあちこちの教会を
 探しました。そんな時、トラックの運転をしている私にぴったりの教会・・・金城教会には、夕礼拝が午後七時にあった・・・を神様が用意して
 くださいました。私は金城教会へ行くようになりました。
  私は、聖書や礼拝の説教を通じて少しずつ神様の言葉を聞き、イエス・キリストが私のすぐ近くにいる確信が与えられました。そして、
 2001年4月15日に洗礼を受けました。私は次第に私は次第に生きる喜びや勇気が与えられ、今日も一生懸命に生きています。神様は
 少し遠回りしながらも、いろいろな出会い、恵みを私の側にいて与えてくださいます。これから一歩一歩ゆっくりと聖書を読み、神様と共に
 歩んで行きたいと思います。神様本当にありがとう。

証し、2

    私は30歳すぎまで本当に病気と言う病気をした事がない人間でした。健康の有難さなどわかろうとも思いませんでした。
  私は病気など絶対にしないし、悪くなる事もないと思い込んでいました。
40歳すぎに喉にポリープが出来て2週間ほど病院に
  入院し声を出す事さえ禁止された事もありました。
     それでも病気が治れば健康の有難さがわからず、そんな日々を送っていました。そんな時腹の出っ張りが異状に出て来た
  ので病院に腹の検査をお願いしに行きましたが、先生は何を勘違いしたのか、腹でなく胸のレントゲン写真を指示され、私は
  検査が終わった後で「胸でなく腹なんですが」と言う予定が、先生から出た言葉が「肺の辺りが白いのが気になります」と。
  腹の事は全部忘れ、先生から紹介状をもらって大きい病院で調べてもらえば肺に癌が出来ているとの事。早めの発見で本当に
  感謝でした。最初にかかった先生に偶然会う事があり、あの時腹を検査してほしいと言ったのに、なぜ胸を見てくれたのです
  かと尋ねたら、先生はなぜ胸の写真の指示を出したのか、先生も謎に包まれ、後に先生は神様が胸に悪い箇所があるのでレン
  トゲンで調べなさいと言って下さったのかと、話しをしたものでした。

     肺の手術をしてから、もう5年になろうとしています。その頃から健康の有難さが本当にわかるようになった気がします。
  そして人の温もりや優しさがやっとわかる人間になったと思う此の頃です。

   肺の手術をしてから、あたりまえの事があたりまえに出来なくなった事、本当に悲しかった。
     礼拝堂でのメッセージが月に一度ぐらいしか会堂に入いれない事、今まで讃美歌を大きな声に出して歌う事が出来なくなった
  事、大きな声を出すと息が上がった時にはめまいや動悸を起こす事があるので、礼拝の途中から調子が急に悪くなってしまえば、
  迷惑や心配をかけたらと思うと自然に和室の方に足が向いてしまいます。階段での上がり下りをすれば直ぐに息が上がり、その
  影響で運動量が減り、今年で
60の還暦を迎え会社の方も社員から嘱託になり最近は少しだけど心臓の痛みがあり、自然と痛みの
  ある場所につい手で押さえてしまう癖になり、痛い時など顔には出さないように努力しています。そして今度は脳の中にある
  下垂体のホルモンの量が多いので、二人の医師から手術を勧められるが、私の母も
50歳前で脳の手術をし、昨日まで頭が痛い
  事をのぞけば普通の生活をしていた人間が次の日には半身不随になり、
12年間も寝た切りの生活、60歳をすぎ召天しました。
  そんな母を見ているので、とても手術する事を受け入れる事が出来ません。神様は本当に私の事を愛してくれているんだろうか。
  マイナス思考になるばかり。

     そんな時もう60歳になったし、もういいよと思い屋上に上り2度下を見て楽になりたいと思った事があります。足がすくんで
  何もできない弱い臆病な人間が宿っている。そしてかわいい息子に手を差し伸べる事さえできない駄目父親が宿っている。

   生きたくても生きられない人が沢山いるのに、とって付けたような信仰心なんだろうか。
     洗礼を授けていただき、神様の子供として迎え入れてくださったから今も生きているのだろうと思います。私は悩み行き詰まった
  時、聖書の中にあるコリントの信徒への手紙第一・
1013節を読みます。
    「あなたがたを襲った試練で人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたを耐えられない
  ような試練に遭わせることはなさらず試練と共に、それに耐えられるよう逃れる道をも備えていてくださいます。」

     この御言葉でまだまだ大丈夫と思って生きて来ましたが、神様は私に悩める人々への銘を与えてくれたのかと思っていた時に
  
62日の礼拝の中で木下牧師が読んで下さった言葉が職場の友達からいただいた板に書いてある詩と同じ物を読んで下さったので、
  びっくり。

   『悩める人々への銘』。140年前に南北戦争に従軍した南軍の兵士が創作したものといわれている、ニューヨーク大学の壁に
  掲げられた無名の詩と書かれていました。

   大きな事を成し遂げるために 強さを与えてほしいと神に求めたのに
   謙遜を学ぶように 弱さを授かった
   偉大なことができるようにと 健康を求めたのに
   よりよきことをするようにと 病気を賜った
   幸せになろうとして 富を求めたのに
   賢明であるようにと 貧困を授かった
   世の人々の称賛を得ようとして 力と成功を求めたのに
   得意にならないようにと 失敗を授かった 
   人生を楽しむために あらゆるものを求めたのに
  あらゆるものを慈しむために 人生を賜った

   求めたものは一つとして与えられなかったが
   願いはすべて聞き届けられた  
   私はもっとも豊に祝福されたのだ
   
     この銘を読むと、私はこのままでいいんだと言われているように思う事があります。聖書と病気と向き合って生きる事、
  正直に言って辛い。時には胸の痛みがひどい時などは楽になりたい、そんな事を思う時に、あしあとと言う詩を通して、
  神様が影で守ってくれていると思うと勇気が湧いて来ます。

   
   ある夜、私は夢を見た。私は主と共になぎさを歩いていた
   暗い夜空に、これまでの私の人生が映し出された
   どの光景にも、砂の上に二人のあしあとが残されていた
   一つは私のあしあと。もう一つは主のあしあとであった
   これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、私は砂の上のあしあとに目を留めた
   そこには一つのあしあとしかなかった
   私の人生で最も辛く悲しいときだった
   神様はあなたを背負って歩いていたんだよ
   と言う感動を今も忘れる事はできません。これからも神様の御言葉をいただきながら生きて行きたいと思います。





 [聖書の言葉より]
      ・あなたの重荷を主にゆだねよ。主はあなたを支えてくださる。    (詩編  55編23節)
      ・私たちが信じるものは、もえあなたが話してくれたからではない。
       私達は、自分で聞いてこの方が本当に世の救い主であると分かったからです。   (ヨハネによる福音書 4章42節)



 教会へ一度も足を踏み入れたことのない方、教会がどんなところなのか不安に思う
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  皆さんお一人お一人を招いているのです。